日向坂46の11thシングル発売の発表とひなあいでのフォーメーションの発表がありましたね。
おめでとうございます。引き続き応援できることを嬉しく思います。
今作では選抜制の導入というグループにとって初めての試みがありました。
これについて考えたり、ネットを見ていて思ったことを書き残しておきます。
まとめ(AIによる要約)
日向坂46のパフォーマンスは素晴らしい振り付けとメンバーの努力によって表現されていますが、画角の制限や大人数のパフォーマンスがメッセージ伝達に不利になる可能性があると指摘。より良い楽曲表現のために、選抜して出演人数を絞るなどの新たな試みを提案しています。
選抜制は単なるギミックであり、グループのテーマとクリエイティブの統一感が重要であると述べています。また、フォーメーションは人気順ではなく、グループの特定の側面を伝えるためのものであるべきだと主張しています。選ばれないことが精神的な負荷になるため、フォーメーションの意図が論理的に解釈できると、その負荷が軽減されると考えています。
選抜制について
正直、早く導入してほしかったと思っていました。
ライブやひなリハで全体を俯瞰できる時はいいんですが、テレビで見たときに数秒単位で全然違う子が映って、人によってはあと数回画角に入ったら御の字っていうのが、ノイズが多くパフォーマンスに込めたメッセージを伝えるのに不利なんじゃないか?と思うようになったからです。
それでも素晴らしい振り付けとメンバーのたゆまぬ努力によって、画角いっぱいに日向坂46を表現してくれています。
ただそれも少しずつパターンが尽きてきたような気もしていました。
AKB以降の今に通じる大人数型のアイドルが「色んなかわいい女の子が所狭しと画面に映り続ける」という仕掛けがウリのアイドルというのは理解しつつも、歌と踊りでパフォーマンスするアーティストである以上、楽曲をより良く表現できる形は色々試して欲しいなと考えています。
その策の1つとして、選抜して出演人数を絞るというのは手っ取り早く試せるものだと思います。
その先にある本当にやってほしいこと
ただ、改めて認識しなければならないのは、選抜制も所詮は1つのギミックにすぎないということです。
「日向坂46がもつテーマや哲学をしっかり世の中に発信していく」という、アーティストとしての命題を効果的に行うためにやれることをやるのが大事なのだと思うのです。
そのためには、(グループにとっての)新しいギミックの追加で話題性を作ろうとする事よりも「グループのテーマとクリエイティブに統一感があるかどうか」や「各メディアでクリエイティブを最適な表現方法で伝えられているか」といった観点が必要なのかなと思っています。
何よりもまずは「グループのテーマとクリエイティブの統一感」は、何よりも大切にして欲しいと思っています。
そのために詞曲がしっかり完成してから、後続の作業にあたるという順序の徹底を求めたいところです。
日向坂見てるなぁって感じの楽曲がきて、振り付けやMVにも一貫したものがあったらリリースが年2回でも待てると個人的には思います。
フォーメーションについては、人気順の選抜メンバーやフォーメーションではなく、「日向坂46のこの側面を伝えるためにこうしました」という形式をとってほしいのです。
- 元気で明るい部分をダイナミックなパフォーマンスで見せたいから全員選抜
- メンバーやグループの寄り添う面を優しい歌で見せたいから歌唱メン5人
- 見てる人を引っ張るような強い部分をハードなダンスで見せたいからこの10人
- どんなに苦しい状況でも打開する眼光鋭い部分を表現したいからそういう表情が上手なこの子たち
やっぱりなにかに選ばれないというのは、人生や人間性を否定された気持ちになります。
フォーメーションの意図が論理的に解釈できるのであれば、そういった精神的な負荷もある程度さがるのではとも考えます。
以上、11th発表と選抜制導入を経て感じたことでした。